伊谷寛吉
公共の場所で周囲の人の80パーセントが自分より若い場合老人である証拠と言った人がいるが近年のごとく高年齢社会となると逆に青年のほうが20パーセントというケースもありうるかも。
いずれにしても人間社会でジェネレーシヨンの移り変わりは必然である。
ということは自分の生活体験は次世代にとってはすでにヒストリーであるということでありたとえばいまの若き世代にとっては、第二次大戦は丁度われわれにとっての日露戦争と同様歴史としてのみ認識されている。
事実、われわれの世代の憧れの映画スターや歌手、たとえばイングリッド バーグマン、オードリー ヘプバーン、越路吹雪、三船敏郎、フランク シナトラも現世代にとっては伝説的人物にすぎない。
私の経験で言えば私の幼少のとき祖父から彼が秋山好古率いる騎兵隊に所属し負傷した話をされ彼の脚に残るコサック兵の剣による刺し傷を見せられたことがある。
また親戚の老婆が戦争で怖い思いをしたと言ったときそれが伏見鳥羽の戦いと知って驚いたことがある。
考えて見れば私が10歳ごろ、すなわち70年前、80歳の彼女が15歳のころとすると更に65年前、案外幕末もそんなに遠い昔ではない。
以前、白洲次郎氏から京都の冷泉家で戦災の話がでればそれは応仁の乱の事と聞かされたことがあったが人類の長い歴史も観点を変えればONLY YESTERDAY(つい昨日のこと)であり、だからこそヘルツコビナやパレスチナにおいていまだ他民族間の怨念や敵意が強烈に存在し続けているのかもしれない。
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