2012-2-21
米国のゴルフダイジェスト社が主催するゴルフスクールの存在を知ったのは確か1980年ごろだと思う。
非常に贅沢なゴルフレッスン システムで高級なゴルフリゾートの9ホールを借り切り5名の熟練のインストラクターチームが十数名の生徒に1週間集中レッスンを行う。
応募した生徒たちは日曜日の午後に集合、ディナーパーティで先生たち、生徒同士の顔合わせをする。月曜日朝八時から始まり土曜日午後さよならパーテイ後解散する。今から30年前でも一人当たり3,000ドル前後を要する非常にリッチなスクールである。
私は見学のためフロリダのリゾート、ボカウエストを訪れその後ゴルフダイジェスト社の役員メネッグ氏と話し合い米国人スタッフによるゴルフスクールを1982年日本で開催することを決定した。当時私が在籍していた大沢商会とゴルフダイジェスト社の今流行りの言葉で言えばコラボレーシヨンである。
開催場所は伊東のサザーンクロス27ホールから9ホールを借り切り付帯のホテルルームも予約し、受け入れ態勢を整えた。
生徒の参加費用は30万円と高額となったが幸い予定通り十数名の参加を得た。
このような費用の高いスクールについては週刊誌で早速批判されたが世の中欧州旅行でも廉いパックフライトで行く人もあれば豪華船で旅行を楽しむ人もありゴルフもいろいろな楽しみ方があっていいのではと考えた次第である。
このとき来日したインストラクターチームは米国でも実現したことのないまさにオールスターキャストであり、校長はボブ トスキ、そしてジム フリック、
デービス ラブ2世、ピーター コステス、ジョン エリオット、彼らそれぞれが米国のスクールでは校長を務められる最高級のインストラクターであった。
その後ボブ トスキは日本でも有名になるが現在もトッププロの一人であるデービス ラブ3世の父親のデービス ラブ2世がこのとき来日していたことはあまり知られていない事実であろう。周知のごとく彼はその後飛行機事故で死亡しているが今も最高のゴルフインストラクターとして記憶されている。
このスクールはその後函館の大洋コースに場所を変え、4年間毎年開催し、中断後廣済堂の桜井氏が数年開催した。
当時話題を呼んだこのゴルフダイジェストスクール及びボブ トスキの指導方法は意外にも日本のプロゴルファーの一部から反発を呼び、アメリカ打法は日本人にあわない等の反論がゴルフ雑誌を賑わせたが私はゴルフダイジェスト社が造り上げたティーチングシステム、カリキュラム、生徒一人、一人のカルテを作り次に担当するインストラクターに渡してゆく合理的なレッスン手法はそれまでのわが国のどちらかといえば無手勝流のレッスンを変革してゆく端緒となり、また日本ではプロゴルファーの底辺にあったレッスンプロがインストラクターとしての社会的地位を確立するきっかけとなったものと信じている。
事実最近人気を博している日本の若いインストラクターたちは皆レッスン手法を米国で学んだことを基礎にしており、約30年前、日本のベテラン プロたちが米国のティーチングシステムを否定したことを思い起こすとまさに隔世の感がある。
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